2026年5月、自民党「JBeauty産業研究会」がJ-Beautyを国家成長戦略に組み込むよう求める政策提言を政府に申し入れた。約10兆円規模・約1,000万人の雇用を支える美容産業は、AI時代においても「人の技術・体験」を核に付加価値を生み続けられる基幹産業である。一方で、世界から高い評価を受けるJ-Beautyは「伝わりにくさ」という構造的な弱点を抱え、化粧品輸出は2021年をピークに減退している。本記事では、政策提言の立案に関わったNOVARCAの視点から、J-Beauty国家戦略の意義、日本ブランドの競争力低下を招いている4つの構造課題、そして国策として推進すべき4つの解決の方向性を整理する。
目次
はじめに──J-Beautyが国家戦略の議題に上がった
2026年5月、林総務大臣をはじめとする自民党の有志議員で構成する「JBeauty産業研究会」が、木原官房長官などの主要大臣に対し、J-Beautyを日本の国家成長戦略に組み込むよう求める政策提言の申し入れを行った。
NOVARCA代表取締役社長CEOの濱野智成は、同研究会のメンバーとして、また経済産業省「化粧品産業競争力強化検討会」の委員として、この政策提言の立案に関わってきた。本記事では、2015年の創業以来、日本ブランドのグローバル展開を支援してきたNOVARCAの視点から、この政策提言の意義と、実際に政府・省庁に提起してきた課題認識・解決の方向性を整理する。
1. J-Beauty国家戦略の背景と意義
J-Beautyを国家戦略に位置づける議論の背景は、「産業規模」と「危機感」の二点に集約される。
産業規模の観点。 日本の美容産業は、女性を中心に約1,000万人の雇用を支える約10兆円規模の基幹産業である。美容室・エステ・ネイル・化粧品・美容機器まで含めれば、その裾野は極めて広い。観光立国として訪日外国人が急増する中で、最も購入・体験されたカテゴリの一つが化粧品や美容サービスであったことも周知の事実だ。東アジアはもちろん、東南アジア・米国・フランスなど美容先進国からも高い評価と関心を集めている。
出典:自由民主党 衆議院議員 小林史明氏 公式サイト https://fumiaki-kobayashi.jp/archives/6073
AI時代という文脈。 製造業や事務職がAIに代替されていく時代において、付加価値を生み続けられるのは「人の技術・体験・ホスピタリティ」を核とした産業である。美容師・エステティシャン・美容部員の仕事は、まさにその筆頭に位置する。J-Beautyの振興は、日本の雇用を守り、労働生産性を高めることに直結する。これが国家戦略として議論される所以である。
なお、経済産業省の「化粧品産業競争力強化検討会」では、国内企業の輸出額および日本ブランドの現地製造額の合計を、現状の6,700億円から2033年までに2兆円へ引き上げる目標が掲げられている。J-Beauty国家戦略は、この数値目標を実現するための政策的な後押しとして位置づけられる。
2. 世界から評価されるJ-Beautyの価値と、「伝わりにくさ」という課題
歴史と文化に根ざした美意識
J-Beautyの世界的な勝ち筋は、それが生まれ育った「歴史と文化の深さ」にある。
日本は古来、自然との共生を基軸に文化を形成してきた。桜の儚さ、紅葉の移ろい──その中で磨かれた「余白の美」「引き算の美」、茶道・禅が体現する「静寂と空白」は、西洋の豪華・華麗な表現とは根本的に異なる美意識である。江戸時代の職人技術と明治以降の医学・科学の発展が統合され、現代のビューティー文化が形成されてきた。さらに、日本人特有のホスピタリティに根ざした接客・カウンセリング力は、世界最高峰のサービスとして海外の富裕層・文化人から高い評価を受けている。
単なる「商品」ではなく「文化・サービスと一体となった体験」としてのJ-Beauty──そのポテンシャルは「食」に近い。日本食はユネスコ無形文化遺産となり、世界中のフーディーが日本を訪れ、ミシュランの星を獲得するレストランが最も多いのも日本である。J-Beautyにも同等の価値とポテンシャルが潜在している。
ローコンテクストな訴求が苦手という構造的弱点
一方で、J-Beautyには明確な課題がある。ローコンテクストな表現、すなわち成分や効果効能をストレートに訴求するマーケティングが、薬機法の厳しい規制により法律上難しく、文化的にも得意ではない点だ。K-BeautyがK-POPと連携し、「成分」「ビフォーアフター」「効果の見える化」で世界を席巻したのとは対照的に、J-Beautyの深さ・繊細さは「伝わりにくい」。
その結果、日本の化粧品輸出は2021年をピークに減退している。NOVARCAの独自データ(Alibabaプラットフォームの流通総額分析)でも、2022年から2024年にかけて中国市場のマスステージはローカルブランドにシェアを奪われ、プレミアム帯は欧米ブランドが席巻している状況が確認できる。国内のマザーマーケットにおいても韓国・中国ブランドの攻勢にさらされ、大手ですら防衛戦を強いられているのが現状だ。
3. 日本ブランドのグローバル競争力を阻む4つの構造課題
NOVARCAは政府有志や省庁に対し、日本ブランドのグローバル競争力低下の構造的な課題を以下の4点に整理して提起してきた。
課題①:戦略・マーケティングの精度不足
多くの日本ブランドは、日本国内事業の延長でグローバルビジネスを捉えている。ターゲットや価値訴求が曖昧なまま海外展開に臨み、現地トレンドへのキャッチアップが遅れる。プライシングも原価積み上げ型で、韓国・中国・ローカルブランドと比べて割高になりがちだ。加えて、EC・SNS戦略への出遅れが認知浸透を妨げている。
課題②:組織構造の問題──縦割りがオールバウンドを阻む
インバウンド部門、越境EC部門、海外事業部門が縦割りで分断されているケースが多い。訪日した外国人観光客は帰国後に現地消費者となる。にもかかわらず、インバウンドで接点を持った顧客を越境ECや現地リテールでリピーターに育てる仕組みが機能していない。このサイロ構造が、外需獲得の大きな障壁となっている。
課題③:現地代理店依存のブラックボックス
多くの日本ブランドは、現地販売代理店に依存したSell-in型のビジネスモデルを採っている。代理店はマーケティング機能が弱く、消費者の購買行動や現地市場の状態がブラックボックス化する。配架が進んでも消費者との接点が築けず、最終的に売上を伸ばせないケースが後を絶たない。
課題④:国策レベルの投資・連携不足
課題は企業レベルにとどまらない。上場大企業はP/Lバランス(当期利益)を優先するあまり、リスクを伴うグローバルへの果敢な投資に踏み出せない。中小・新興ブランドには資金そのものがない。IP産業・芸能・文化とのコラボレーションも個社単位では限界がある。越境EC規制・関税・成分規制などで輸出が困難なケースも多く、相手国の流通財閥やプラットフォームとの交渉は、個社だけではパワーバランスを保てない。韓国政府がK-Beautyを国策として後押しし、グローバル投資支援・還付制度を整備してきたことと比較すると、その格差は歴然である。
4. 国策としてJ-Beautyをいかに推進すべきか──4つの解決の方向性
上記の課題を踏まえ、NOVARCAが政府有志や省庁に提言してきた解決の方向性は、大きく4点に整理できる。
解決策①:オールバウンド戦略の推進──インバウンドを起点に世界へ
NOVARCAが提唱し、花王・資生堂・KANEBOなどと共に実装を進めているのが「オールバウンド戦略」である。
従来の発想では、インバウンド(日本国内での外国人消費)と越境EC・輸出は別々の事業として捉えられてきた。しかし、訪日外国人は帰国後に現地消費者となる。「旅マエ」に情報を収集し、「旅ナカ」に日本でブランドを体験・購入し、「旅アト」に越境ECでリピートする──この一連のサイクルを統合して設計するのがオールバウンド戦略の本質だ。
重要な視点は、訪日外国人が各国の「国際的な富裕層」であることだ。海外旅行ができる層は、中国・台湾・米国・ASEAN・欧州いずれの国においても所得上位層に位置する。つまり、インバウンドマーケティングは各国富裕層マーケティングそのものであり、日本は年間数千万人規模の世界の富裕層が自ら来訪する、他に類を見ない「巨大なグローバルショールーム」として機能している。
NOVARCAの支援事例を見ても、かつて「神薬」として中国で爆発的な人気を誇った商品のほぼすべては、インバウンド消費が起点であった。SK-II、ANESSA、Curél、アルビオンなどは、インバウンド体験を経て口コミで中国に広まり、越境ECや免税リテールを通じて定着した。花王は2025年からオールバウンド戦略を外需獲得の重要施策として事業に組み込み、部門・国横断で需要開発を進めている。資生堂も2024年にツーリストマーケティンググループを発足し、インバウンドを起点とした商品育成と越境EC加速に取り組んでいる。
政府に対しては、このオールバウンド戦略を国策として後押しすることを提言した。あわせて、インバウンド消費者のCRMデータを越境ECに接続する仕組みの整備、越境EC免税制度の拡充、訪日ユーザーのリピートエンゲージ基盤の構築──これらは個社の努力の範囲を超えており、官民一体での推進が不可欠である。
解決策②:IP・コンテンツ産業との連携
K-BeautyがK-POPを「メディア」として世界に浸透したように、J-Beautyもコンテンツ産業との有機的な連携が求められる。「SHOGUN 将軍」が武士道の精神で全米に火をつけ、ポケモンが世界中の日本ファンを生み出したように、J-Beauty(美道)をテーマにしたIP・ドラマ・映画が世界に波及すれば、市場の景色は変わりうる。政府はJ-Beautyを軸にコンテンツ産業との官民横断プロジェクトを立ち上げ、ファン経済圏を戦略的に拡大すべきである。
解決策③:グローバル投資を支える制度設計
大企業が果敢なグローバル投資に踏み出せるよう、M&Aののれん償却優遇・FA費用支援など制度的な後押しが必要だ。中小・新興ブランドには、厳格な審査を前提としたグローバルチャレンジ助成金制度が有効である。韓国政府がK-Beautyに対して行ってきた積極的な投資支援・還付制度を参照しながら、「バラマキ」にならない厳格な審査基準を設けることが前提となる。
解決策④:相手国との規制交渉・販路整備
越境EC規制・関税規制・成分規制の相互緩和を相手国政府と交渉し、日本ブランドが戦える環境を整備する。個社では相手国の流通財閥やプラットフォームと対等に交渉できない。官民が束となって戦略的提携の場を設け、日本ブランドの海外販路を確保していくことが求められる。
5. 今後の展望──J-Beautyコンソーシアムの立ち上げへ
これらの取り組みは、AI戦略会議のような官民横断の「J-Beauty推進プロジェクト」として体制を整え、課題・ゴール・ビジョンを共通化した上で一体的に推進することが理想である。
政策提言の成果もあり、2026年6月時点で、年内にJ-Beautyコンソーシアムを立ち上げ、プロジェクトを推進していくための準備が進められている。国が方向性を示し、民間が実装を担う──K-Beautyが国策として成果を上げてきた構図を、日本流に再構築する動きが本格化しつつある。
おわりに
J-Beautyの国家戦略化は、美容産業だけの話ではない。「失われた30年」と呼ばれる経済低迷の時代から、日本が再成長へ転じるために、世界で勝てる産業をどう創出・成長させるかという問いへの、一つの答えである。
NOVARCAは2015年の創業以来、日本ブランドの世界的な再成長を実現することを使命に、「インバウンドプロモーション×越境EC」を統合したオールバウンド戦略を提唱・実装してきた。今回の政策提言を契機として、産業の発展と日本の経済成長に貢献するとともに、人と文化が交流し、世界がより前向きにつながる一助となることを目指していく。
グローバル展開の戦略設計、インバウンドと越境ECの統合、現地市場のデータに基づく意思決定──こうした課題をお持ちの企業様は、ぜひNOVARCAにご相談ください。
株式会社NOVARCAは、訪日消費者を起点としたグローバル展開「オールバウンド戦略」の推進を行っており、中国を含むアジア・世界各地域に向けたソーシャルコマースのエコシステムを構築し、日本を代表するブランド各社様へ提供しています。
株式会社NOVARCA公式サイト:https://www.novarca.jp
