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【中国コンテンツBiz】 中国の教育現場でも元気にはたらく! 細胞さんたちは、国を越えて大忙し~『はたらく細胞』から見る日中文化交流~

可愛い女の子の姿をして酸素を運ぶ、ちょっと間抜けな「赤血球」。それを傍らで見守り、敵とは命がけで戦う「白血球」。幼稚園児のような姿でいながら重要な仕事をこなす「血小板」。さらにはいつの間にか入り込み悪さをする「病原菌」…。

そんな、人間の体内を擬人化したストーリーで大人気となったマンガ・アニメが『はたらく細胞』(清水茜・作)です。

実はこの作品、中国でも非常に高い人気を誇っています。それは若者だけではなく、教育現場や研究機関、そして正規メディアまで、マンガやアニメに関係のない分野まで広がっています。

今回はそんな中国の『はたらく細胞』人気から、日本と中国の文化の違いを考えます。

bilibili動画で公式配信。日本アニメへの逆風も何のその

同作のアニメ版は中国ではテレビ放送こそされていませんが、若者から「B站」として親しまれている動画サイト「bilibili動画」で公式ラインセンスを受けて公開されています(同サイトの会員専用コンテンツに)。

 

公開されているのも全13話およびスペシャル版1話の合計14話。その総再生回数は1億5000万回。作品フォロワーユーザー数605.7万人。さらに52,206人ものユーザーが感想などの書き込みをするという数字が見られます。

bilibili動画では今でも人気トップとなっている『はたらく細胞』

単純にフォロワー数で見ると、同サイト内で次に人気のアニメ『転生したらスライムだった件』が460万人程度、人気と呼ばれる作品でも400万人止まりであることを考えると、同作品の人気度合いがわかります。

 

ちなみに2018年7月ごろ日本のアニメを中心にした一部の青年向けアニメがCCTV(中国中央電視台)に名指しで批判されたことがありました。

中国はまだアニメに対してレイティングシステムがないため、過激な描写などが混じった作品が簡単に閲覧できる状況にあることが問題視されたのです。

その期間、一時的に日本のアニメ閲覧が自粛されましたが、同作品はそうした逆風の中でも、依然として高い人気を保ったことになります。

 

ではその人気を誇る背景について探ってみましょう。

研究者、教育現場が後押しした稀有な日本アニメに

ここまで人気となった『はたらく細胞』。もちろんそのキャラクターが「カワイイ」、「かっこいい」、そしてストーリーが「面白い」という理由も大きいのですが、もう一つ口をそろえるのが「楽しく、かつ勉強になる」という理由です。

 

同作品はもともと体の中身を擬人化し、体(生き物)の仕組みや風邪や花粉症、ガンといった病気のメカニズムをコミカルに描いているため、生物学の知識が詰め込まれています。

 

受験競争の激しい中国でも、いわゆる「勉強好き」というのは少数派。みんな嫌々やっている「勉強嫌い」。その中で、マンガで楽しく生物の知識が学べるというのが話題になったのです。

 

それはbilibili動画のユーザーの8割を占める90後、00後世代だけではなく、中国の医学界や生物学界の専門家たちも高く評価されるまでに。

 

果ては中国共産党の機関紙である『人民日報』においてもおススメマンガとして紹介され、そこから江西電視台や上海電視台などのローカルテレビ局の番組でも報道されるまでに。

このような「名誉」はアニメ、特に日本の作品に対して、近年、ほぼあり得なかった現象でしょう。

中国の人気番組でも紹介された『はたらく細胞』

その背景にあるのは学歴社会でありながら、子どもたちに学ばせるためのツールとしては「参考書」や「問題集」など、テスト対策の物が多く、「楽しくその知識を身に着ける」コンテンツがほぼありません。

日本では「漫画で読む日本の歴史」といったように、難解なビジネス書やその他の教養、知識に関する書籍を漫画化し、より分かりやすいものにするといった行為は珍しいものではありませんが、中国では「勉強→テキスト」、「漫画→娯楽、子供向け」という認識から抜け切れていないのです。

 

そうした中、この『はたらく細胞』に限って言えば、今まで生物学者や教師たちが悩んでき「どうやって複雑な生物学に全く興味を持たない生徒たちに興味を持ってもらうか」という命題を解決する、非常に大きな力になったのです。

 

実際に最近学校の生物の授業を担当する教員でも「はたらく細胞」を生徒たちに勧めるのが流行になっている様子。Weibo上でも「生物の先生がはたらく細胞を教えてくれた」といった声が聞かれ、珍しくアニメが学校教育で高評価されるという状況を生んでいます。

日本の「擬人化」文化に現代中国人の意識も変わる

しかし、この作品の人気は、決して「勉強になる」だけではありません。考察を進めると、現代日本と中国の間にある文化的な違いにも行き当たります。

 

そのキーワードはやはり「擬人化」。

 

日本では非常に多くの物が擬人化されます。

動物などはもちろんながら、近年は戦艦に日本刀など、本来擬人化から極めて遠いと思われるものまで可愛い女の子やイケメン男子へと姿を変えています。

 

こうした「物を擬人化した作品」というのは、日本では比較的すんなり受け入れられます。それは日本のベースに「物には魂が宿ることがある」という意識が、どこかに残っているからです。

例えば「物を大事にしないと付喪神になる」という言い伝えがありますし(使い終わった割りばしを折って捨てるなどの習慣が残っていますね)、「針供養」などという、物を供養する儀式なども行われています。

そういった、たとえ物や目に見えない自然現象、例えば雷や雨などにも人と同じような命が宿っているという考えが、普段は気づかないものの、生活の中に浸透しています。

 

しかし中国、特に現代中国においては「物は物。物に魂があるなんて」といった考え方の方が比較的多い傾向にあります。

それは、現代中国が近代化する中で、社会の発展を阻害する「迷信」をなるべく減らしていったことが影響しています。

「物質はあくまでも物質」であり、その成分などを科学的に解き明かすことはあれど、それ以上の感情を持つことは稀です。

 

さらに高度成長における大量消費時代に突入し、また経済的に豊かになったことから子供のころから多くの物を与えられてきた世代にとって、物に命や魂を感じることができなくなっているのです。

おそらくはこうした部分が現代中国消費者の「人気商品が常に変化している」ことのベースにもなっているのかもしれません。

 

こうした背景で生活している消費者にとって、『はたらく細胞』のような普段見えないもの、感情移入しえない物を擬人化する作品は斬新で、非常に強い興味を覚えるようです。

と同時に、こうした物質や見えない物が「人」の姿になることで、急に親近感や愛着を感じるようで、

  • 体の細胞が生きていることを感じた
  • 細胞があんなに頑張っているんだから、自分ももっと体を大切にしないと

など、改めて自分の体に対する感謝や愛情を覚えるような書き込みが増えています。

 

単に「若者に人気」というだけではなく、中国の教育現場までと活躍し、幅広い層からその「価値を認可」されている『はたらく細胞』。

赤血球や白血球たちは体の中を飛び出して、日本と中国の文化の交流という面でも、大きく「はたらいて」くれているようです。