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中国VPN「2017年度の規制強化」とSNSから見る実態

本年1月より「中国でのVPN」に対する政府の制限強化が各報道機関で話題となっています。本編では中国での検閲、それを免れるためのVPNと「通知」の全容、そして中国のSNSの書き込みから、現状がどうなっているのかをレポートします。

中国独自のインターネット環境と検閲

ご存知のように、中国ではインターネット接続の規制が敷かれており、google、Twitter、Facebookといった中国以外のインターネットメディアの閲覧やサービスの利用ができなくなっています。また中国でインターネットサービスを提供するための資格であるICPライセンスの取得は基本的に中国企業にのみ認められており外資の参入は不可能です。

2006 年に中国本土でのサービスを開始したGoogleの撤退は、中国政府のこの市場に対する姿勢をよく表した例となっています。当時Googleが中国でサービスを展開するにあたり、中国政府の望まない情報を非表示にする自主検閲を受け入れる必要がありました。その後Googleは政府へ検閲の停止を求めましたが受け入れられず、2010年に撤退しています。

また中国で企業活動をする法人の外資の出資比率については各業種によって定められていますが、情報技術サービス業は50%を超えてはならないとされています。

このような政府方針や市場規制が外資の参入を妨げ、結果として中国発の各インターネットサービスの成長をもたらしています。今や中国ではGoogleの代わりに百度が、Twitterの代わりに微博が、そしてYouTubeの代わりにはYoukuがそれぞれの市場で大きなシェアを獲得しています。

ウェブページ閲覧等への規制は、中国政府の方針に批判、反対を加えるような情報がネットユーザーの目につくことを防ぐために行われています。具体的には、ウェブサイトや検索エンジン、スマホでの情報のやり取りに対し検閲を行い、政府にとって有害なウェブページや情報への接続を遮断することでユーザーがそのページを閲覧することを不可能にしています。(このシステムはグレート・ファイヤーウォールなどと呼ばれます。)

昨今、検閲の対象は広がりつつあるようです。カナダの調査機関CitizenLabが報告したところによると、今年7月には、逝去したLiuXiaobo氏の写真がWeChatで送信できなくなるという事例がありました。この調査機関によれば、これは個人間のデータ送信が制限を受けた最初の例だそうです。人権活動家であるLiu氏は、中国の民主化を説き2010年にはノーベル平和賞を受賞していますが、国家転覆の罪で2009年から懲役11年の服役に処せられていました。

参考:
米グーグル,中国市場からの“撤退”を表明(出典:NHK)
This photo may be driving China’s recent disruptions of WhatsApp and WeChat(出典:QUARTZ)
指导外商投资方向规定(国務院) 中国語
中国 外資に関する規制 2016年6月30日更新(JETRO)

VPNの取り扱い規制を含む「規範整備」とは

こういった政府のインターネットに対する制限を受けずにウェブ上の情報を取得、また交信するため中国のインターネットユーザーが利用しているのが「VPN」です。

VPNはバーチャルプライベートネットワーク、仮想プライベートネットワークなどと呼ばれ、本来公衆の接続であるインターネットを利用しながら、各プライベートネットワーク(例えばある社内のインターネット環境)と同様の機能・セキュリティ・管理上のポリシーを適用して回線を構築する技術、またそのサービスを意味します。

これを利用すれば、中国国内のインターネット回線を利用しながら、本来中国で規制対象になっていて閲覧できないはずのGoogle等の閲覧が可能となるため、中国で活動する外国のビジネスマンであれば日常的に利用している方も多いようですが、中国人のネットユーザーでも利用者はいます。

さてそんなVPNユーザーに大きな影響を与える可能性のある「通知」が、今年1月22日に出されました。中華人民共和国工業情報化部が、このVPNの規制を強化するという内容を盛り込んだ『インターネット接続サービス市場の規範整備の通知』を公布したのです。

この通知は2017年1月から2018年3月末の期間に「インターネット接続サービス市場の規範整備」を行うことの決定を伝えています。整備期間の折り返し地点ともいえる今、本編ではこの通知の詳細、ならびに国外メディアの報道とそれに対する当局の釈明、そして中国SNSユーザーの声からわかる現状を紹介したいと思います。

中華人民共和国工業情報化部とは
中国の行政部である国務院の直下の部署。業界規則、産業政策・規定の実施や監理、通信業の管理、国家の情報の安全を維持することを責務とされています

参考:
中国がネット規制回避のVPN全面禁止へ、中国在住日本人への影響大(出典:レコードチャイナ)
工业和信息化部关于清理规范互联网网络接入服务市场的通知(中華人民共和国工業情報化部) 中国語

通知の詳細を見てみよう

通知は全4項目からなっており、この規範整備が行われる【目的】【施策の重点】【施策の保障】【各事業者への要求】が明記されています。VPNについては【施策の重点】で言及がありますが、まずは【目標】から実際に書かれている内容を見ていきたいと思います。

【目的】では「インターネットデータセンター」「インターネットサービスプロバイダ」「コンテンツデリバリーネットワーク」(※)の市場に存在する、無許可経営、名義貸し、規定範囲外の業務従事といった違法行為を取り締まること、それによりインターネット上の安全管理を強化し、公平で秩序のある市場を維持し、(インターネット)業界の健全な成長を実現するためとされています。

※ ウェブ、音楽や動画、オンラインゲームといったコンテンツをインターネット経由で配信するために最適化されたネットワークのこと。

注)カッコ内は筆者加筆

この通知の中で、VPNについて言及があるのは一か所だけです。言及のある【施策の重点】では以下3点が規定されています。

  1. 資格の管理・違法な経営の取り締まり
  2. インターネット基礎施設、IPアドレス・通信速度といったインターネット接続のためのリソースの使用状況に対し、厳格な管理、および規定に反した使用の根絶
  3. 要求事項の徹底した実施と管理基礎の樹立

このうちの「2.インターネット接続のためのリソースの使用状況に対する厳格な管理、および規定に反した使用の根絶」の条項において「違法な越境業務の問題。電信主管部門の承認なしに、VPNを含むネットワークの設置や借用を行って国を跨いだ経営活動を行ってはならない。基礎電信企業はユーザーに国際ネットワークを貸し出す際にはユーザーの帳簿を作成・管理すること。またユーザーへは使用用途が内部の事務処理の専用であり、国内外のデータセンターや業務プラットフォームへ接続し電信業務の経営を行ってはならないことを明確にしてサービスを提供すること。」とされています。

注)電信…通信のこと

つまり、個人のVPNの利用の制限ではなく、通信事業を手掛ける企業に対して、そのサービスの提供を制限するというのがこの通知で規定されたVPNの取り扱いです。また通信事業者からVPNを借りた企業や個人がそれを用いてビジネスをすることが禁止とされています。

【施策の保障】【各事業者への要求】では、【施策の重点】の各内容が達成されるための体制について詳細が規定されています。例えば違法者の通報や相談のための電話窓口の設置、対象業種の企業の自主的な検査、違反と認定された企業への対処、従業員の教育体制の構築、情報通信監理局への四半期ごとの報告義務などです。

「自由を規制」報じる海外メディアと「違法取り締まり」を主張する当局

この通知に対し、7月上旬には「中国でまだ一段とネットの規制が厳しくなった」とみる、日本を含む中国国外の媒体による報道がありました。そのうち「個人のVPN接続を規制するものだ」という報道に対しては、7月12日工業情報化部より「適法な業者からの通信回線の貸し出しで、外資企業や海外と交流する企業が海外のインターネットに接続するものを妨げるものではない」という反論が出されています。

7月25日には工業情報化部のスポークスマンはメディアの取材に対し、この規範の対象は「電信主管部の承認を得ていない、国際通信業務の経営資格のない企業や個人」が対象であり、「国内外の企業や大多数の個人が正規のルートで国外のインターネットを利用したり、法にのっとった経営活動を阻害するものではない」ということを伝えています。

8月にはアップルが中国のアップストアでのVPNアプリの削除を行ったことで、中国のネット検閲に手を貸しているとの批判を受けましたが、「事業を行っている国の法律に従っただけ」と回答しています。

参考:
中国政府、通信事業者にVPNの利用禁止を要求(出典:TechCrunch)
工信部否认要运营商禁止个人VPN业务:此前报道不实(出典:新浪科技) 中国語
工信部回应“禁用VPN”:清理对象是无资质者(出典:財経網) 中国語
中国でVPNアプリ削除、「法に従った」 アップルCEO(出典:CNN)

SNSから見る「VPN規制」の実態

実際にVPNは規制されているのでしょうか? 一般の生活者のネット環境について確認するため、中国版ツイッターの新浪微博で「VPN」について検索し、ユーザーの様子を見てみました。

「こないだインストールしたVPN、使えなくなっちゃった」

「またひとつVPNが死んだ…」

このような書き込みからは実際に違法と判断されたであろうVPNサービスが利用不可となっている状況がうかがえます。

 

「台湾の書店の公式サイトに接続するだけなのになんでVPNがいるの?!!」

「今いいとおもう海外のオンラインゲームってみんなVPNが必要、それでも接続が不安定」

一方で、VPNがなければネット生活に支障が大きいこともわかります。

 

「すごくいいVPN見つけちゃった。インスタもYouTubeもストレスなし!」

8月30日にはこんな書き込みとともに、ユーザーのスマホのデスクトップ画面がシェアされ、アプリのアイコンにマークをつけています。事業者への取り締まりが強まったとはいえ、このSNSのクチコミからは、規制はまだ完璧には敷かれていないような印象も受けます。

 

「無料のVPNはないですか?」

こんな書き込みの声もあります。

2017年8月末のVPNにまつわる状況は、インターネットのインフラの一つとして、事業者は選別されてもVPNは残り続けている、ということのようです。

まとめ

過去にも何度か中国政府によりVPNに対する規制が敷かれてきましたが、すべてのVPNを一斉に排除する形で収束を迎えたことはありません。ユーザーの反発とVPNをシャットダウンすることのメリットを天秤にかけ、政府は対応を決定しているのでしょう。今回の通知では、政府の与える資格を有する事業者によるVPNサービスの提供は可能との内容が示されています。こういった事業者が残り、実質的には政府が検閲を加えていくということも可能性としては考えられるのではないでしょうか。

インターネット関連事業だけにかかわらず、中国では政府方針により従来利用できていたサービスが急に規制されたり使えなくなったりするリスクがあります。例えば越境EC市場では昨年、税制の改正が行われました。今も昔も言われることですが、中国事業を手掛ける企業は中国政府が定める各種法令、通知について、常に注視し続けることはもちろん、その最新の動向を理解することが必要といえるでしょう。トレンドExpress編集部では引き続き法制度の最新情報を提供していきたいと思います。