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「後台実名、前台自願」がベースの中国インターネットサービス、 WeChatグループトークにも実名制を適用~信用化社会はさらに一歩前へ?~

2017年10月8日から、「インターネットユーザーのパブリックアカウント情報サービス管理規程」「インターネットユーザーのグループ情報サービス管理規程」が施行されました。

前者の「インターネットユーザーのパブリックアカウント情報サービス管理規程」では、パブリックアカウントを開設しグループを作成するユーザーに対し、開設に際して身分証を提示することが義務付けられました。(※1)

また「インターネットユーザーのグループ情報サービス管理規程」は、オンラインでのグループ交流において参加者に身分証の提示を求めるものです。「グループ」が具体的に何を指すのかとの記者の質問に対し、当局の担当者はWeChatのグループ、QQのグループ、微博のグループ…」と回答しています。このことから、同法律がWeChatでの「グループトーク」の管理者にもこの規定を適用すると考えられます。(※2)

  • 責任を負うのは「管理者」

本法律の施行によって、グループトークの管理者により重い責任が課せられるようになりました。

同法律では、「管理者はすべての会話の内容に留意し、公共の秩序や社会主義の理念を損なうような書き込みがあったならば、直ちに発言を抹消し、警告を与え、従わないユーザーを自身のグループから退会させなければならない」と規定しています。

中国で広がる実名制、「後台実名、前台自願」補強する今回の法施行

中国のインターネットサービスの利用に際しては、同法律の制定以前から「ネット上に公開する名前はニックネームでも良いがアカウント取得には身分証による実名認証が必要」という「後台実名、前台自願(バックヤードは実名、フロントは希望制)」の原則が存在していました。

今回新たに規定された本法律も、「后台実名、前台自願」の原則をより厳密に運用するためのものとも言えそうです。

これまで、インターネットにかかわるさまざまなサービスが、利用に本人の氏名、または身分証を必要とする実名制を実施してきています。

たとえば2015年1月から携帯電話番号の契約時に身分証提示が必須となりました。2016年7月には支付宝とWechatで、2017年6月には検索エンジン百度で一部サービスの利用に実名での認証が必要となっています。

これらの認証は携帯電話の番号を用いて行われますが、中国国内の番号でないと認証されないものと、中国国外の番号でも問題ないものがあります。中国版ツイッターと言われる新浪微博では日本の携帯番号で登録が可能ですが、百度の一部サービス利用には中国で契約した携帯電話の番号が必要です。

パブリックアカウントとグループトーク、その管理が必要な理由

一方で、この実名登録の制度が、実態としては機能していないかのように感じる利用シーンもあります。

新浪微博では2017年10月からは「実名認証」が開始されたそうですが、筆者が利用しているアカウントでは特に追加の操作を行うことなく利用が継続できています。

それでは今回の「WeChatのグループトーク」での実名制はどうでしょうか。

そもそも今回の実名制がグループトークにまで及んだ理由を、中国のウェブメディア「法制網」では以下のように解説しています。

管理者のいない、あるいは責任感が希薄な管理者の設立したグループトークの中では、わいせつな表現や暴力行為・テロ・デマ・詐欺・ねずみ講・賭博に関わるような話題が持ち上がることがあります。こういった情報のやりとりが放置されると、人々の生活を脅かすことになることが懸念されます。(※3)

法制定により実名制が義務づけられることで「匿名であれば何を言っても怖くない」、「ばれなければ何を言ってもやってもかまわない」という状況をユーザーに許さず、この問題の解決が期待できます。

実際には、筆者は数百人が参加するグループチャットに参加していますが、実名で参加はしているものの、管理者に対し証明書の提示はしていません。その状態でもグループトークから削除されることもないので、「グループチャットでの実名制」ではWeChatに登録する以上の「実名の明示」は求められていないようです。

実際の例

一方で、9月11日の「網易新聞」では、法施行前であっても、すでに多数のグループチャットの管理者が拘留され処分を受けたことを伝え、以下の9種の情報はグループチャットでは送らないよう呼び掛けています。

1.政治的に敏感な話題
2.流言の流布
3.いわゆる「内部資料」
4.わいせつなデータ、ウィルス、ほか安全を脅かすようなデータ
5.政府公式サイトに掲載前の香港、マカオ、台湾のニュース
6.軍事資料
7.国家機密に関与するファイル
8.警察を侮辱するような動画
9.その他法律に反する事項

記事では以下のような実際の例を伝えています。

ある人物は警官による酒気帯び運転の検査を受け、その出来事に不満を抱き、主催しているグループチャットで警官をののしる発言をしました。この人物は5日間の拘留に処されています。

また記事は、100人余りのメンバーを持つグループチャットでわいせつな動画を販売していた事件も紹介しています。販売自体は別の人物が行っていましたが、司法は「このグループを管理していた人物」も処罰することが妥当との解釈を示しました。

「実名制」は信用を基軸とした社会への第一歩?!

インターネットユーザーの実名制が浸透するにつれ、中国のインターネットからは偽情報やポルノ情報は減ってきています。

この傾向は、実名制により、インターネット上のプラットフォームでの迷惑行為が理由で他のサービスの利用が不利になる場合がある、とユーザー自身が判断しているからとも考えられます。発信者は自らの便利な生活を損なわないよう、インターネット上での情報発信を慎重に吟味しているのでしょう。(※4、※5)

モバイル決済の二大巨頭の一つである「アリペイ」を提供するアリババは「芝麻信用」という信用調査のサービスも提供しています。「芝麻信用」オンラインでの自分の行動の履歴からポイントが加点/減点され、その点数が自身の信用評価となります。

たとえばシェアリングエコノミーサービスを利用する際、自身の信用の点数をサービス提供者に開示することで、有利な条件でサービスを受けることができます。他にも、この点数が一定の水準を上回る場合、シェア傘や充電器をデポジットなしで利用できます。

2017年に始まったレンタルサイクルサービスが成功しているのも、利用者が実名制により自身の評価がサービス利用の可否に影響を与えると理解しているからです。今中国では、「信用」が経済活動に影響を与える社会が出現しています。

まとめ

現地メディアの報道からは、今回の「実名制」の適用範囲の拡大により、グループチャットでの情報共有に制限が生まれたことがわかりました。ただし、対象となる情報共有の場が「グループチャット」とされていることからは、「特定個人への」情報共有については、制限は設けられていないとも言えそうです。

今回の法整備は、WeChatはじめ「グループチャット」での情報共有が備える、社会的インパクトの大きさを物語るものといえるでしょう。

今中国で生活の利便性の向上を実現している数々のサービスは、インターネットの技術革新なくしては手に入らないものばかりです。そして、オンラインに蓄積された「履歴」が「実名」と結びついているからこそ、その「実名」が担保する「信用」によって、より便利なサービス提供が可能となってきています。中国が実施してきた「実名制」がこの便利な世界につながったという見方もできるようです。

今後も続くであろう革新的なサービスの数々は、こういった「実名制が支える信用」が前提となっていくのかもしれません。中国は今回の法律で新たに「実名制」の適用範囲を広げましたが、これはその流れをさらに強く前に押し進めることになるのではないでしょうか。

一方インターネットでは一般的に、「個人の身元を特定されない」という匿名性のおかげで、気軽に、本音を、実生活なら気兼ねして使えないような率直な表現で述べることができる側面もあります。それによって人々の思考が深まったり、関係を深めることができたり、また企業にとっては消費者の本音を知ることができるということもあるでしょう。

折々に変貌していく中国のインターネット事情、トレンドExpressでは引き続き最新の動向をレポートしていきます。

参考:
※1 互联网用户公众账号信息服务管理规定(中華人民共和国国家互連網信息事務室) 中国語
    互联网群组信息服务管理规定(中華人民共和国国家互連網信息事務室) 中国語
※2 公安提醒:多名群主已被拘留处分 9种消息千万别发(出典:網易新聞) 中国語
※3 互联网群组须建立信用管理体系(出典:法制網) 中国語
※4 「信用」が中国人を変えるスマホ時代の中国版信用情報システムの「凄み」
※5 中国シェア自転車「悪名高きマナー問題」が消えた理由
※6 中国で「飲食店のドタキャン」が起きない理由