【column】 中国の若者世代とは? Bilibili動画から巻き起こった議論に思う
中国である5分弱の動画が議論を呼んでいる。
『后浪』
いま、世界から大きな消費層としてクローズアップされている現代中国の若者に向けた、彼らを肯定し、一層の活躍を促す動画である。
この動画は動画サイトで公開されてから、中国国内ではインターネットを中心に議論が巻き起こった。
今回は少し、この動画とその議論を見てみよう。
今回話題になった動画とは?
話題となった動画は、5月4日、若者に人気の動画サイトbilibiliで流されたもの。
タイトルは『后浪』。
ここでの「后」は「後」。つまり現代の若者を、後からやってきた波に例えたタイトルである。
中国にとって5月4日というのは特別な日である。
1919年第一次大戦後のパリ講和会議、ベルサイユ平和条約に抗議し、中国で多くの学生・青年たちが大規模デモを行った日。現代中国ではこの日を青年たちの愛国運動の日である「青年節」と定めている。
この若者たちがクローズアップした日に1.3億という多くの若者ユーザーを抱える動画サイトbilibiliは中国中央電視台や中国青年報といった国のメディアを巻き込んで、現在の若者を応援する動画を作成した動画を公開したのである。
内容は、中国「国家一級俳優」と認められている何冰が、現代の若者たちが都市や海外で生活を満喫している様子、レジャーやエンターテイメントに盛り上がる姿やコスプレ、漢服といった現代化した文化を楽しむ姿を背景に、こと「最近の若いやつらは」、「代を重ねるごとに劣化する」といわれがちな若者たちを認め、エールを送るという、非常にポジティブな内容であった。
この動画が公開後、多くのユーザーが視聴。Bilibiliの動画には5月8日の時点で約141万の「いいね」、92万をこえる転載がなされ、コメントも4万8800件に達している。
その多くが内容に対して共感、好意的な書き込みである。
しかし、動画サイト外ではSNSだけではなく、大手メディアにまで波及した議論が巻き起こっていた。
動画への議論~中国の見えない「后浪」は?
若者たちへのポジティブな評価に対して、なぜ、どのような議論が巻き起こってしまったのか。
まず肯定的な意見はほとんどが当事者である若者世代である。
「自分たちを理解してくれた」
「自分たちの気持ちを受け入れ、肯定してくれた」
という、承認欲求が満たされたことへの感動である。
それらに対する批判はというと
「一部の状況だけを取り上げて言っているだけ」
「実際の若者は努力していない」
「単なるbilibiliの宣伝、ユーザーへのゴマすり」
「先輩たちの苦労の上で楽をしているだけ」
「仕事は忙しいし物価も高い。そんなに楽しんでいる余裕はない」
など、手厳しい。しかもそれは年長者だけではなく、同年代からも同様の指摘がある。
色々な要素があるのだが、ここで注目したいのは動画に取り上げられているのは「一部の若者だけ」という批判である。
この背景にあるのは、中国が抱える社会格差、貧富の格差である。
広大な中国では確かに経済発展を果たし、この動画にあるように経済的な不安もなく、日々の生活を楽しめる若者は少なくない。
日本へのインバウンドでやって来る90後、95後世代などはその代表ともいえる。
しかし同時に、多くのエリアではいまだに教育を受けられない貧困家庭、「留守児童」と呼ばれる親が出稼ぎのため家におらず、祖父母や中には子供だけで生活している家庭も存在している。
そうした子供たちは教育を受けられず、したがって大学進学もできず、大都市での就職も難しい。
とてもレジャーやサブカルチャーなどに費やす余裕はないのである。
すでにWeiboなどでは転載されているが、「后浪」動画公開後に別の動画サイトで公開された「普通の“后浪”」といった動画がある。
これは、建設現場で出稼ぎ労働者として働く地方出身の若者へのインタビュー。
彼は動画の中で「毎日日給が300元。このまま、毎日の300元が稼げればうれしい」とかたり、将来の夢として「育ててくれたおばさんを飛行機や高速鉄道に乗せてあげたい」と話す。
こうした現状が解決されていないのに、豊かになった一部だけの消費者が楽しんでいる状況を肯定するのはいかがなものか、というのである。
そもそもこの若者たちは、先の労働者のような若者を「自分たちとは無関係」と思っているのではないか。同じ国民なのに…。という声もこぼれ聞く。
ある調査では中国のいわゆる「Z世代」は全土に2.6億人がいるといわれ、その年間の支出は4兆元。中国の家庭消費の13%を占めるまでになっている。
巨大な消費層であり、日本企業だけでなく中国を含めた多くのメーカーが狙いを定め、マーケティング活動を展開している。
しかし、こうした消費層の後ろには、同年代でありながらそうした消費に手が届かない、もしくはそうした消費があることすら知ることのできない若者たちがいる。
彼らを「自社のターゲットではない」、「自社には関係ない」と切り捨ててしまうことは可能である。
しかし、この格差問題が是正されれば、かつて「ターゲットではなかった」若者も、ターゲット足り得てくるのではないか?
そうした将来的なターゲットになるかもしれない消費者に、心を寄せる必要はないだろうか?
また、よく「中国の若者は日本の若者よりハングリー」といわれ、それを称賛する日本のメディア報道なども見られ、同様の嘆きを口にする年長者も多くいる。
筆者も中国での生活のなかで中国の逞しさを目の当たりにし、敬服したことも多い。
しかし同時に感じるのは、このハングリーさをもってしても、中国社会に存在している大きな社会問題。同じ若者の間における大きな格差を解決するには至っていないということである。
願わくば中国の若者がそのハングリー精神で得た成功を、こうした社会格差の是正に役立ててもらいたいものであり、また多くの若者をターゲットしている企業、ブランドも、そのための何かに力を貸してほしいとも感じる。
これからの中国に、この動画のような「后浪」たちが増えていくことを願ってやまない。