【日中文化考】中華圏独自の出産後文化「坐月子」~現代化に伴う悩みに商機が?
中国と日本では文化的な違いがいくつか存在するが、出産、子育てに関しては習慣や考え方には大きな差異があり、双方で驚くことが多い。
その一つに「坐月子(ヅォユエズ)」と言う、出産を終えた女性がのんびり過ごす週間がある。
日本人にとっては聞きなれない習慣だが、日本にない習慣となれば、同時にその裏には日本人にはない新しい価値観があるはずだ。
今回は坐月子とは何か、坐月子を迎える中国人がどんな心理状態なのかを探ってみよう。
中華圏にある独特の出産後文化「坐月子」とは?
「坐月子(ヅォユエズ)」と言う言葉を初めて聞いた方も多いだろう。
坐月子とは、出産という大仕事を終えた女性が1週間〜1ヶ月ほど体を休め、栄養満点の食事や薬膳スープなどを飲んで静養する期間のことだ。
出産後の身体的にも心理的にもデリケートな時期の女性をストレスから守り、一説では更年期のホルモンバランスの乱れを和らげる効果があるとも言われている。
坐月子の期間、古くは自宅で家族や産婆さんのサポートのもとで過ごすことが多かったが、90年代後期に入り「月嫂(ユエサオ))」と言う坐月子をサポートしてくれる専門のヘルパーを雇うようになった。それでも、自宅で過ごす場合が一般的であった。
しかし現在では「月子中心(ユエズチョンシン)」と言う病院のようなセンターで過ごすことが主流となっている。
中国には数多くの「月子中心」が運営されているが、人気の月子中心は妊娠がわかった後すぐに予約を取らなければ部屋が確保できない場所もある。
月子中心ではホテルのような部屋で、かつ専門スタッフが常駐し、時には豪華な、そして栄養バランスが配慮された時間が
もちろん新生児のケアも専的な知識を持ったスタッフがフォローしてくれており、慣れない初期育児によって新米ママにかかる心理的負担も極限抑えられている。
まさに至れり尽くせりの環境だが、出産という大仕事を終えた女性に対しては、当然の待遇といってもいいかもしれない。
時代とともに変化していく月子の過ごし方
さて、この月子中心、先の述べたように、以前、坐月子を迎える際は月嫂を雇い自宅で過ごすことが一般的であったが、現在ではこの月子中心が人気となった。
実はこの坐月子には、月子を過ごす新米ママと、その体を心配する母親や姑との間で世代間の認識ギャップ、トラブルが存在するためだ。
坐月子の期間では伝統的に「体を冷やさない、労る」「外敵のストレスから女性を守る」と言うことがざっくりとしたコンセプトになっている。
それを具体的なアクションとすると「冷たいものを食べない・飲まない」、「髪を洗わない」、「お風呂に入らない」、「スマートフォンなど電子機器のブルーライトや電波を浴びない」などなど…といった制約があるのである。
出産後の肌はホルモンバランスなど含めてデリケートになっており、少しの外部からの刺激でもストレスになると考えられ、そこから守るという意識があるためだ。
実はそこに多くのトラブル源が隠れている。
例えば出産を終えた新米ママは長期に渡って入浴を我慢しなければならないが、やはり不快感が生じてしまい「入浴したい」と言い出す。しかし、その母親は少しでも刺激になるようなことは避けて欲しいと入浴を避け安静にしているよう口出しする。
また現代中国人、特に若者にとって抖音(douyin)やweiboなどSNSを見ることは呼吸することに等しいが、新米ママがそれをしようとすると「スマホの電波やブルーライトが体に良くない」と母親にスマホを取り上げられる。
そういった争いが続くと、新米ママやの母親だけでなく、新米ママの夫までもが疲弊する。そうしたトラブルを避ける避難所として、月子中心が重宝されたのである。
坐月子に商機はあるか?
坐月子という日本にない特殊な期間やその心理は前述の通りだが、何かこれを商機として生かせるチャンスはあるだろうか。
例えば、「入浴したい・いやダメ」のトラブルは頻発する。そんな時に入浴できない代用として汗拭きシートや、水を使わない(髪をぬらさない)ドライシャンプーなどはニーズが見込めそうだ。
またブルーライトや電波が気になる事を考えれば、それらをカットするスマホ保護ケースなども、喜ばれる可能性が高い。
また体を冷やさずに美味しく飲め、かつカフェインの心配がない(カフェインは胎児や母乳で育てる乳幼児に悪影響があるため避けられる)デカフェコーヒーや、その他お湯でとける粉末飲料の差し入れも喜ばれるだろう。
坐月子の現代化と伝統とのギャップを埋め、寄り添ってくれる商品が受け入れられるように思われる。
余談ではあるが、坐月子は中国の他に、台湾、マレーシア、シンガポールなど中華圏で実施される独特な文化である。
どの地域も現代化に伴って都市部を中心に簡易化されてきてはいるものの、“出産後は坐月子の期間を過ごす“と言う意識はまだまだ根強く残っている。
日本在住の中国人も坐月子を過ごす意識は存在し、東京でも月子中心は2箇所ほど存在するほか、日本で活動している月嫂も少ないながら存在する。
それだけ中国消費者にとって「坐月子」という習慣は身近で、離れられないものなのである。日本とは異なる習慣やそこに存在する消費者心理をきちんと把握、分析することで、まだまだ挑戦できる市場は存在しているのである。