中国KOL分析~口紅のカリスマ・李佳琦はなぜウレる?
日本の対中国マーケ業界でも名前が鳴り轟いているKOL「李佳琦」。彼のTaobaoLiveなどの実績は、多くの企業から注目されているが、「なぜ彼がそんなに売ることができるのか」という疑問を持つ人も多いはず。
中国市場においてKOLそのものの役割が徐々に変化しているなか、彼が消費者からの支持を受け続けているのは何故なのか?上海で行った20代、30代の女性へのインタビューから彼のヒミツ、さらにはKOLという存在を考えてみたい。
李佳琦とは何者か?
彼の経歴などは、すでに百度百科に紹介ページが作られており、その概要を知ることができる。
元ロレアルのBA。当時、店頭で口紅を塗って使って試す、という手法が受け入れられなかったが、彼は自分でその口紅を塗ることで消費者からの信頼を集め、トップセールスとなった。
その後、芸能マネジメント会社「美ONE」による「BAのKOL化プロジェクト」の目にとまり、同社のKOLコンテストで高い評価を得た彼は正式にKOLへの道を歩みはじめる。
その後、Taobao Liveを中心にした彼の活躍は知っての通りである。
2018年9月には「30秒間で最も多くの口紅を塗った男性」としてギネス記録を樹立。同年のダブルイレブンではジャック・マーとのTaobao Live「口紅販売対決」でも圧倒的な強みを見せて勝利するなど、常に話題を巻き起こし、KOLのトップランナーとして知られるようになる。
一部からは「やや以前ほどの勢いをなくしている」や消費者の意識変化によって「昔はもうちょっと売れたような…」という声が無いわけではないが、上海でインタビューをしていた際でも、網紅(KOL)に話が及ぶと「ああ、例えば李佳琦とかね」と、消費者の口から自然に名前が出てくる。
いわば「成功したKOL」の代名詞となっているのである。
中国の消費者が語る「李佳琦のヒミツ」
では、気になる「李佳琦を信じてしまうヒミツ」を消費者の言葉から整理してみよう。
男性であること
まず多かったのは「男性」であることだ。
上海の20代の女性曰く「若い女性は、同じ若い女性よりも男性の方に目が行くもの。男性だって、目が行くのは男性よりも女性でしょ」とのこと。
そこに関して否定はできないのだが、それはさて置き女性的なしぐさの男性は、中国ではそれだけで注目を集めやすい。というのも、中国では性別に対する考えかたが日本よりも保守的なのである。
例えば中国東北地方では「男子たるもの強くたくましく」という、いささか古風な男性像が強かったりする(そこから見ると上海などの江南男子は弱々しく、頼りがいが無く映るらしい)。
そうした社会で男性が口紅を塗り、女性のような口調でしゃべるのは、印象の好悪を別としても、確かに興味をひきやすい。
ただインタビューで聞かれたのは、彼から女性ならではの「美」への追求意識を刺激されている様子。つまり「男性が塗ってもこれだけきれいに見えるのであれば、自分だって…」という印象を彼に対して持つのだという。
そうした「男性に負けてなるものか」という感情に押されて購入してしまった女性も、今回の取材で散見した。
メーカー忖度なし?の評価
今回インタビューした中でほぼすべての消費者があげたポイントが「メーカーに忖度していない」ということだ。
李佳琦のライブなどでは、時に一つのブランドのシリーズ商品を紹介するのだが、その中においてメーカーへの忖度をしていないと思わせる表現が見られる。
例えば有名ブランドの口紅数十本を試す際に、スタートの段階から「この色からこの色まではナシ!買うだけ無駄」とはっきり伝える。
ここが消費者の安心感を生むというのだ。
消費者から見れば「メーカーは全部売りたいはずなのに、消費者に“一部の商品は買うな”と言っている=本当のことを伝えている」という意識となる。つまり「売りたいがためにやっているのではない」という印象を受けるのである。
「女性の競争心をくすぐる」言葉選び
李佳琦の特徴ともいえるのが、その言葉選びだ。
なかでも人気なのが「oh my god!」という感嘆の声だが、それ以外でも「神仙色!(魔法の色)」といった言葉が中国女性消費者の心をとらえている。
そのなかで、上海30代の女性が惹かれたとセリフ語ったのは「能変成職場的女王(オフィスの女王様になれる!)」であった。
インタビューで聞かれたのは、中国では男女限らず、「職場の同僚=ライバルという意識が強い」(20代女性)のだという。
その意識も、「ともに切磋琢磨する」というポジティブなものから、「アイツ、いつか蹴落としてやる」というような、いささか闇めいた部分までいろいろだ。
さらに会社意識の中では、やはり「自分を重視してほしい、注目してほしい(ほかの人よりも)」という潜在意識もあり、誰もが1番であろうと思う。
もともと競争社会で、両親などからその競争意識を煽られて育った世代も多いというのも、その要因として挙げられるだろう。
そんな中国の女性にとって「ライバルに囲まれた職場で女王(No1)になれる」というのは、きわめて魅力的な言葉としてとらえられたのだろう。
また別の20代の女性は「直男都不会放過(直男でも放っておかないワ)」というセリフが刺さったという。
これもまた、消費者の「自尊心」をくすぐるキーワードだ
「直男」とは近年中国で広まっているネット用語で、「暖男(包容力があり、女性の気持ちを汲んで心を温めてくれる男性)」の反対。直情的で、あまり女性の気持ちがわからない…といった不器用タイプの男性である。
そんな男性でも自分のことを放っておかない→向こうから追いかけてくる、といった表現は女性ならずとも自尊心を十分に満たすセリフである。
李佳琦のライブ動画は「コスト削減」?
インタビューの中で飛び出た意外な回答が「コスパの良さ」である。
上海在住20代の女性が語ってくれたのだが、前述までの回答までと異なり全く予想外の言葉だった。
彼が口紅を試す場合、数十本に上る量を試す。彼女曰く「1本の値段が300元ぐらいだとして、30本試すと9,000元でしょ。そんな量、普通は試せない」。
確かに普通の女性が30本の口紅を試す場合、どれだけの労力が必要となるだろうか。店頭でもそれだけの量は試すことは難しい。さらに「買って試す」となったら1万元近い費用を投じることになる。
そこはギネス記録を有するだけあって、きわめて手際よく、数多くの口紅を、身をもって試す李佳琦。見ている側からは、確かに時間的・経済的削減になっていると言えるだろう。
李佳琦人気から見るKOL運用のツボ
こうした中国消費者の李佳琦に対する評価を聴いていると、KOLというプロモーション手法の運用についても考えさせられる。
彼らは中国語でいう「品牌代言人(イメージキャラクター)」ではなく、いち利用者としてその意見を発信することで広告を嫌う中国消費者に受け入れられてきた。
しかしながら、近年は多くの企業がプロモーションの一環として彼らを通じての情報発信を行い、それが巨大産業に膨れ上がったことで、消費者が彼らを見る目に変化が生じた。
インタビューでもKOLは「企業の広告塔でしょ」という、冷ややかな認識が消費者の口からもこぼれる。
その中にあって李佳琦は「忖度せず、ダメはダメという」、そして「自分で試す」というスタイルを貫いている。消費者の心理を突く話術にクローズアップされることも多い彼だが、前者が無ければ消費者は離れていくだろう。
日本でも中国向けに注目され、拡大しているKOLマーケティングだが、彼の人気を少し分析してみると、やはり「メーカーの言いたいコト」を言わせるだけではダメなのだと気づかされる。
消費者が聞きたい、時には企業にとって耳の痛い内容でも、発信者から見た「本当のところ」を織り交ぜて紹介する内容作りが必要なのである。
【余談】変わりゆく中国の「男性」像
さて、まったくの余談ながら、今回のインタビューでは李佳琦から近年の「男性像」に話が及んだのだが、中国の男性像もずいぶんと変わったと思わざるを得ない。
今回の取材でも、李佳琦に対して「可愛(かわいい)」という表現も聞かれたが、この表現はかつては男性に対して使われることはなかった印象がある。
以前は男性に対する要求に対しては「高・富・帥」であり、外見にたいしては「帥」、つまり「かっこいい」という表現が多かった。
しかしながら近年は、かつての「たくましい男性」とは異なる、「小鮮肉(若くて可愛らしい男性)」と呼ばれるような、若くて柔和な顔立ちの男性芸能人・歌手の人気が徐々に高まっている。
と、同時に若い男性KOLも増加中で、彼らが女性向け化粧品をPRしていく傾向も顕著になっている。つまり男性が女性用の化粧品を手に取っている姿が、中国でも決して珍しいものではなくなっていると言える。
筆者がその変化に新鮮さを感じたのは、前述のように中国は元来「性別」に関しては保守的で、いわゆる「セクシャルマイノリティ」に対して風当たりも厳しい国であったからである。
その背景はいろいろあるので、別の機会に分析しようと思うが、ただ近年の「男性像」の変化と中国化粧品業界の男性KOL起用は、そうした社会に何かしらの転換をもたらすかもしれない。
プロモーションだけではなく、社会的変化を知る意味でも、李佳琦をはじめとする中国の男性KOLには注目しておきたい。