医師が薬用酒に提言したら即「逮捕」!? 中国で「広告」が信じられないワケ(2)
「一人の医師が、ある市販の薬用酒に提言したことで、刑事逮捕」。この事件は当事者である譚秦東氏が釈放されたことで一応の終息を見ましたが、Weiboなどでは依然として話題となっています。後編は事件への疑問点と、そこから見える「なぜ広告を信じないのか」を分析してみようと思います(全2回)
事件の概要は;
医師が薬用酒に提言したら即「逮捕」!? 中国で「広告」が信じられないワケ(1)
2300㎞をひとっ飛び越境逮捕のワケ
この事件では、警察が本来の担当地域を越えて容疑者を逮捕する「越境逮捕」も世論が騒いだ要因の一つです。
内蒙古鴻茅国薬股份有限公司は内モンゴル自治区のウランチャブ市(烏蘭察布市)涼城県鴻茅鎮にありますが、あの日、その涼城県警察は2300kmも離れた広州市南部にある譚氏の自宅まではるばるとやって来たのです。
同警の公式発表では、申し立てをした企業の所在地、および損失が発生した地点が涼城県であるため、同警が動いたとのこと。
それに対して清華大学法学院・張建偉教授は、「刑事訴訟では、犯罪の発生地の管轄となり、譚氏が記事を発表した広州市の捜査機関が捜査、立案すべき」と言います。
中国の警察は「越境逮捕」の権利を有するため、それ自体は大きな問題ではありません。しかし、あまりに迅速な逮捕だったため「同警の職権乱用、地方の保守主義と見られても仕方がない」という見解もあります。
最終的には、証拠不十分で釈放となるわけですが、逮捕時に逮捕するだけの十分な証拠があったのかは疑わしいという批判が多く上がっています。
名誉棄損で刑事事件にできるの?
今回、鴻茅薬酒は「(譚氏の)名誉を棄損する記事により、鴻茅薬酒の売上は減少、同社は約140万元(約2400万円)の損失を被った」と涼城県警察は発表しています。
しかし実は、譚氏の記事の閲覧クリック数はたったの2200回、転送数120回。全国13億人の人口から考えると、それほどの損害をもたらしたとは考えにくい数字です。
さらにネット上には、譚氏の記事以外にも、鴻茅薬酒およびその広告宣伝に疑いや反感を持つような記事が多く見られ、譚氏の記事のみが取り締まられる理由がありません。
また「名誉棄損」という罪状ですが、その記事自体は「老齢化に伴い、心筋や心機能、心臓弁、血管、動脈などに異常が現れるので、高血圧や糖尿病を患う老人は特に、飲酒を避けるように」と注意喚起する内容です。
中高年をターゲットにしている鴻茅薬酒に提言し、医師の立場から商品の効能に疑問を問いかけ、そして、「広告で謳われているまま、体に良かれと規定量を超えて服用すると、かえって寿命が縮まる」と述べ、また上述の各地の管理局の違法広告への指摘にも言及しています。
譚氏の記事の目的は、自身の専門知識を生かし、中高年、特に老人病を患っている人達に向けて、薬用酒の虚偽広告を簡単に信じて服用してはいけない、飲酒はできるだけ控えるように、規定量を守って服用するように、と伝えたかっただけなのです。
「是薬三分毒(薬であっても三部の毒がある)」ということわざのように、薬も過ぎれば毒となる、ということです。
表題に「毒薬」と入っているのは相応しくないかもしれませんが、名誉棄損の条件となるねつ造や誹謗中傷は存在しません。
多くの法律関係者が、「医者の執筆したこの記事には専門性があり、名誉棄損には当たらない。専門家の批評と名誉棄損とを線引きすべきだ」と言っています。また「仮に名誉棄損に当たるとしても、民事紛争で対処すべきで、刑事事件にするのは適切でない」とも言います。
事件の裏に存在しているのは…
地方の警察がここまで1つの企業を守ろうとした理由は何なのでしょうか?ある数字がその理由を解き明かします。
涼城県政府の2016年の報告によると、同社は2010年からの5年間で1.6億元(約27億円)超を同県に納税。特に2015年の販売額は12億元(84億円)にも上り、納税額は約6000万元(10億円)に達しました。
もうお分かりかと思います。これが一人の民間人を刑事逮捕してまで、涼城県が守りたかったものなのです。
産業の少ない地方政府が中央政府に対して成績を提示できるもの、それは往々にして「税収を上げる」という点に絞られます。本来は「税収を上げ、その行政収入で土地の生活環境を改善する」ことが目的だったのでしょうが、いつの間にか「税収額」だけが気になるようになっていたようです。
彼らからすると、譚氏の言動はこうした利益を阻害する行動に映ったのでしょう。
考察:中国人が広告を信じないワケ
この事件、「地方企業と地方政府の癒着」として見ることもできますが、「中国消費者にとっての広告」という切り口で見てみると、中国マーケティングで「消費者が広告を信じない」という理由がわかります。
もともと政府による監督を受けている中国メディア。それを見ている消費者には、その報道を流す裏側になる行政の意図を「忖度」することが身についています。
その習慣から、テレビや新聞などの伝統的メディアに流れている広告に対しても、その裏側を見通すことが習慣化していると言えます。
例えば、経済発展の中で、モラルを逸脱し自社の収益のみを追求しようとする企業が、消費者の心理を利用した虚偽広告を展開しようとしたとします。
他の国では、そこにメディアの道徳観や行政がブレーキをかけるものですが、メディアには莫大な広告収入が入り、また企業からもたらされる利権のために監督機関も違法行為を見て見ぬ振り。当然、税収のために罪なき国民を貶めてまで利益を守ろうとする地方や中央の政府がそれをバックアップ…。
中国の消費者にしてみれば、本事件は例外的な事件ではなく、そうした図式を数多く見てきたため、「広告=企業、メディア、行政の利権(他社の利益)=信用できない」というイメージを無意識のうちに抱き、冷ややかな目で見つめ、それが習慣化していったものなのです。
Weibo上にも
「CCTV(中国中央電視台)に聞きたい。あれだけ鴻茅薬酒の広告は違法と言われているのに、CCTVはなぜずっとゴールデンタイムに放送し続けているのか・・。」
「ああ、涼城県警察は企業のガードマンみたい…。」
「司法機関が権力の手先になった。」
「広東音楽電視台は未だに鴻茅薬酒の広告を放送している」。
「「人民」…、いや「人民元」に奉仕している」
など、メディア・広告の在り方への意見が多く挙げられています。
これに変わって「真実を得る情報」として急速に発展したのがSNS(WeiboやWeChat)でした。
政府や企業から指示されたわけではない、一個人の「プライベートなつぶやき」こそ、正しく信じるに足る情報だと、中国の消費者たちは判断したわけです。
特にWeChatの「朋友圏(日本版ではモーメンツ)」という、仲間内での発信しあう情報は、より信用度が上がります。
また、中国で急速に拡大している「KOL(インフルエンサー)」は、企業の商品を自身で試しリアルな使用感を発信することから、95後などの若者からは信頼を集めることになりました。またソーシャルバイヤーも同様に、ニセモノのない海外で商品を買い付けていることを発信することで、それぞれのユーザーから信用されています。
今回、譚氏を救ったのも「SNS」や「ネット」で飛び交う世論でした。涼城県政府も高まる世論、そしてそこから動き出したメディアの批判を無視できなくなり、譚氏は釈放され、起訴は保留となりました。今後も起訴はされないだろうとの見方が圧倒的です。
ほぼ中国消費者から信頼を向けられていない伝統メディアでの広告。残念ながら、その状況は現在も変わっておらず、今後も中国消費者の「信頼」はSNSを中心として拡散される「個人の言葉」に向けられていくことになるでしょう。