中国動画マーケティング大解剖 Vol.3活用篇 ~ブランディング動画で中国への「本気度」が見える
これまで述べたように、中国のネット動画市場は右肩上がりの成長を見せている。と同時に、その動画の種類の増加しており、「どのようなケースで、どの種類に動画を使うのか?」と頭を悩ませる中国市場担当者も多い。
もしくは「現地法人や現地総代理店が動画マーケを進めたいというが…」と判断を決しかねるケースもよく聞く。その中で最も判断が難しいのが「ブランディング動画」である。
商品のメリットを伝える広告宣伝とは異なり、自社のブランドイメージを伝える動画を海外で作成、展開するには、考えねばならない課題も多い。
今回は中国で話題になった動画の事例を見ながら、中国でのブランディング動画について考えてみよう。
「売る」か「バズらせる」か、「心に残す」か
まず中国市場向けマーケティングで用いられるのが、影響力のあるKOLや芸能人を使った「商品紹介動画」である。
この商品紹介動画は、臨場感のあるライブ形式や近年急速拡大した「Douyin(TikTok中国本家版)」などのショートビデオを活用したマーケティングの、大きく2種類が上げられるだろう。
両者ともECプラットホームの自社の棚への誘導ができる(中国のDouyinもECへの動線がはられている)ために、「売り上げに直結するマーケティング」を求める企業にとっては優先的に考える動画マーケティングとなっている。
特に後者は若者向けであること、作り方次第では広範囲の拡散、つまりは「バズる」ことがあるため、大きな注目を集めている。
また前者においては、すでにECでの販売戦略の一部として活用が進み、618やダブルイレブン時期には日本ブランドのみならず、欧米、中国ブランドも大々的なライブプロモーションを展開し、中国市場を戦っている。
こうした「売る」、もしくは「バズらせる」動画マーケティングについては別途、改めてその活用を分析するが、今回はそれ以外の動画マーケティング、「ブランディング動画」について考えてみたい。
この分野は、市場、特に海外市場におけるブランディングにおいては非常に大きな影響を持つものであるが、中国市場において日本企業はやや活用が遅れている感が否めない。
なぜブランド動画が必要なのか。
ブランド動画は前述の2種類のように売り上げに直結するものではない。そのため、早く成果を出すことを求められる中国市場ではどうしても「後回し」にされてしまう。
ブランド動画の目的は、商品の効果・機能ではなく、そのブランドの持つ世界観。それを伝えることによって、消費者にそのブランドに好感をより抱かせ、親近感を持ってもらい、より多くの商品を手に取ってもらうこと。
いわば「ブランドのファン」を作り出すことであり、同時にファンが増えることで「ブランドの価値」を高めることにある。
このブランディングをきちんと行うことは、中国市場における継続的な発展の基礎となるのである。
何をもって中国の消費者に訴えるか。
では、どのようなブランディング動画を作るべきなのだろうか?
百度などで検索すると、よく「感動」、「励志(エールを送る)」といったキーワードが見られる。確かにこうした感動動画や、頑張る人を応援する動画は視聴者の共感を得やすい。
自社ブランドの対象となる消費者の年齢や年収といった条件だけでなく、どういった環境で、どういった悩みを抱え、何に関心を向けて生活しているのか、といった大きな社会環境にまで目を向け、かつ深く理解して設定することで、より消費者に刺さる動画を企画することが可能になる。
いわば、より詳細なペルソナ設定と、そのインサイトに向けたストーリー設定である。
「励志(エールを送る)」篇においては、以前、中国トレンドExpressでは上海の化粧品ブランド「百雀羚」の『韓梅梅快跑(走れ!韓梅梅)』を紹介した。
この動画によって百雀羚は、ターゲットユーザーである中国のオフィスで働く女性たちの共感を得ることに成功した。
この動画の詳細は過去記事(「W11(独身の日)化粧品部門3年連続売り上げNo1 の中国ブランドPR戦略とは」)を参照されたい。
そして「感動」動画でそのブランドを高めた事例と言えるのがP&Gである。
同社は、中国で展開するハンドソープ「舒肤佳(safeguard)」のブランディングにおいて、中国の社会問題に深く切り込んだ。それが「洗手吃飯(手を洗ってご飯)」のキャッチコピーである。
そもそもこのキャッチコピーは、中国消費者の「実家に帰ったと感じる言葉」をピックアップしていた中で生まれた言葉だ。
自宅に帰って手を洗って食事をする。そんな普通の、しかし温かい家庭に寄り添うブランド、というイメージを消費者に印象付けたが、2016年からネットで配信されたシリーズ動画の内容が話題となった。
一つが父親の残業をテーマにした動画である。
深夜まで残業続きの父親。それを待つ息子は、父のために祖母と餃子を作る。
食事の際に、自分が作った餃子をお椀に入れて、父が来るまで放さない。
やがて夜遅く、息子がソファの上で寝てしまった頃にやっと帰宅する父。目を覚まして自分が作った餃子を食べさせる息子。
その餃子を食べると父親はあることに気づく。餃子の中に入れられた1枚のコイン(中国の習慣。コイン入りの餃子を食べると運がよくなる)。
父を気遣う息子の言葉に、思わず抱きしめる父。そこに祖母の「帯孩子洗手吃飯(子供と一緒に手を洗ってご飯にしなさい)」の一言。
この動画が伝える物、一つには子どもの親を思うやさしさであるが、そこには現代中国、特に大都市における「家庭のコミュニケーション」、「親子の接触」という問題を考えさせる作になっている。
中国は一時に比べて成長率が下がったとはいえ、それでも6%台をキープしている。その中で、多くの企業が事業拡大にいそしみ、多くの従業員が寝る間を惜しんで働く姿を見ることができる。
しかしそれによって子どもとの会話時間が減り、疎遠になり、家族意識が希薄になる、という社会問題が顕在化している。
そこに対してP&Gは自社のハンドソープを通じて意識改善を訴えたのである。
ちなみに、動画の主人公は少年と父親だが、女性の社会進出が進んでいる中国で、同動画は母親層にも受け入れられ、ネット上でも多くの議論を呼んだ。
より深い社会変革を促した動画
同シリーズで物議を醸したもう一つが「留守児童」をテーマにした動画である。
「留守児童」とは、農村部の家庭で両親が都市部に出稼ぎに出る際、農村の祖父母の元に預けられた子どもたちのことを言う。
長期にわたって親に会うことができず、老いた祖父母の家事を手伝いながら生活する子ども。就学前の妹の面倒を見ながら小学校へ通う少女の話がメディアに取り上げられたこともあった。
そうした子どもたちの多くが満足な教育を受けられなかったり、親の保護を受けられないために事件や事故に巻き込まれたり、また親の愛情を受けられずに育ち、犯罪に手を染めるといったことが問題視されている。
2017年の報道では国内に約700万人という政府関係者の発表があったが、一説では数千万人に達するともいわれているほど、深刻な問題。
P&Gは外資でありながらあえてその問題を取り上げた。
春節間近になっても実家に帰れない子どもの両親。それを不憫に思った祖父は孫たちを親に会わせるために慣れない街に。
大都市の偏見の目を向けられながらも子どもの両親のところへたどり着く。驚きながらも久しぶりの我が子との対面を喜ぶ両親。母親の「洗手吃飯(手を洗ってご飯食べましょう)」の一言とともに一家団欒の年越しを迎える家族…といったストーリーである。
この動画も、単純に「離れた家族との再会」といった感動だけではなく、中国が抱えている社会問題に目を向けさせ、消費者に改めて「留守児童」の問題を考えさせた動画として高い評価を得、インターネット上でも転載数が向上、ポジティブな印象を植え付けることに成功した。
このように、P&Gは強い社会的なメッセージを込めたブランディング動画を通じて「多種多様な問題に囲まれている中国の家庭に寄り添う存在」であることを伝え、中国におけるその価値を高めることに成功したのである。
試されるのは中国市場に対する「本気度」
こういったストーリー設定、日本においては比較的やりやすい。企業の担当者にとっても、作り手にとっても、よく知った環境で、悩みなどの情報も得やすく、アイディアも浮かびやすいだろう。
しかし、まったく環境の異なる海外では、こうした設定をすることは、非常に難易度が高い。消費者を単純な「データ」という数字でとらえるのではなく、彼ら彼女らが生活している社会を深く知り、その中での悩みや葛藤をイメージできなければ、消費者の心をとらえる動画を考えることは不可能なのである。
こうした現状もあり、なかなか中国市場において、前述のような中国社会を題材としたブランディング動画を展開する日本企業が現れにくく、その興味は、多くライブやショートムービーへと向いている。
もちろん、ライブ動画、そしてそれをECと連動させた「ライブコマース」は、日本企業が最も欲する「中国市場での売り上げに直結する」という点において非常に有効な手段だ。
影響力を有する人物が中国全土に向けて商品の良さを訴求し、それを視聴した多くのユーザーがその言葉で購買欲を掻き立て、スマホを通してEC旗艦店へと訪れ、購入していく。
企業にとっては非常に「うれしい」話だろう。
そうした効果ゆえにそれを求める企業、またそれを提供する企業も数多い。
しかし、海外市場において本当に自社のブランドのファンとすべきは、そうした「流行に乗る消費」の消費者だけでよいのだろうか?
P&Gのブランディング動画のようなメッセージを理解し、共感・共鳴することで「ブランドそのものへの愛着を持つ」消費者は?
もし後者を望むのであれば、単純に「中国の消費者」という極めて大雑把な枠組みから脱し、より中国社会に深く踏み込む努力が必要となる。社会構成を知り、生活を知り、その社会が抱えている問題を知り、それについて中国の消費者の意識を知ることが不可欠。
いわば、中国市場担当者の中国認識のレベルアップである。
そう考えれば、こうしたブランディング動画への挑戦とは、日本企業の、中国市場への本気度を見るための「試金石」ともいえるかもしれない。
この難関にチャレンジする企業が、中国の消費者からより高いレベルの信頼や親近感を得られることになるだろう。しかし、そのチャレンジができない、もしくはせず、「商品を売る」ことばかりに終始していれば、日本企業は中国の消費者から「売りたいだけか」といった冷めた目で見られることになってしまうだろう。
実際にすでに足を踏み出している日本企業もいるが、絶対数としてはまだまだ少ない。先を進んだ企業の後を続く企業があるや否や、ぜひ注意深く見ていきたい。