【セミナーレポート】「山下智博」が刺さる!中国人ウケするクリエイティブ(4)「自己肯定感」と「自虐」、突き抜けた作品が中国人の心を打った
(3)では、いかにコンテンツの中に「自分事化」出来る、共感や能動性を誘うものを自然に配置することが重要かといった点を見てきました。
▼セミナーレポート、ここまでの3編はこちら!
【セミナーレポート】「山下智博」が刺さる!中国人ウケするクリエイティブ(1)中国動画業界はコンテンツ主導
【セミナーレポート】「山下智博」が刺さる!中国人ウケするクリエイティブ(2)中国人と日本人の感度の違い
【セミナーレポート】「山下智博」が刺さる!中国人ウケするクリエイティブ(3)能動的受容「自分事化」を意識したプロモーション
続いては「自分事化」を引き起こすことに成功したブランディングの事例を紹介します。
また、日本より発達しているインターネット社会において、一躍有名人になった山下智博氏の、その成功の軌跡を追いたいと思います。
「自撮りとシェアは基本」中国人の常識
WeiboやWeChatを見ていると、日本のSNSとの違いに気づきます。
違いとは、「頻繁に自分のアイコンを変更する」「アイコンは本人の自撮り写真が多い」という点です。そして、WeChatでつながっている友人のフィードに表示される「タイムライン」(朋友圏)には投稿が連なります。
こういった特徴は、どちらかというと閲覧専用などで受動的にSNSを活用している日本人にとって「中国人は積極的」という印象を抱かせます。
日本人と比べ中国人はSNSなどを通じて外に発信することについても非常にポジティブです。
中国人にとって「自分が好き」で、「自分の経験を発信する」ことに積極的であることは常識です。こういった事実を踏まえ、PR施策に「体験のシェアをしてもらえるキッカケ」を組み込んだ事例もあります。
例えば、デジタルサイネージに関するインタビュー(中国トレンドExpressサイト内)でご紹介していますが、製菓メーカーBAKEの棒型シュークリームを販売する中国第一号店のオープンイベントです。
この製菓メーカーのイベントでは、来店時、撮影した動画を自身のSNSアカウントで投稿するとクーポン券がもらえるという施策に加え、来店者の顔を撮影し「ドット絵」にして、フリップドット(小さなドットを敷き詰めた大型のディスプレイ)でその顔を表示するイベントを開催しました。
来店客は大きな画面にアイコン化された自分が棒型シュークリームを食べる動画を映し出すことができます。客の多くは実際にその様子をスマホに収めており、SNSでのシェアが期待できます。
この施策が成功したのは「自分が大きな画面に表示される」という体験が中国人にとって魅力的だったという点に尽きるでしょう。日本であれば、大きな画面に自分が表示され、道行く人やほかの客に見られることを躊躇する人もいるかもしれませんが、中国では一切そういった傾向はありません。逆に参加を促進することになります。
この棒型シュークリーム「ZAKUZAKU」のオープニングイベントは大きな反響を呼び、SNS上ではホットトピックスとして取り上げられ、売り上げは当初の目標を大幅に上回りました。
自虐の発信が「底辺の共感」を呼ぶ
ここまで、中国人への情報発信では「自分事化」という共感や「自分を魅せる」という要素が彼らの心をつかむコンテンツとなりうることをまとめてきました。
ここからは、別の切り口で中国人から絶大なる支持を得た日本人KOLの「山下智博」氏の活躍とその人気ぶりを解説していきます。
山下智博氏は北海道出身、大阪芸術大学芸術計画学科にていわゆるアートプロジェクトを企画することを学んできました。卒業後は故郷北海道で公務員として、公立の劇場運営など文化振興に携わっていました。
2012年に「周辺環境を変えたい」と思い立ち、中国に留学します。尖閣諸島問題に揺れる日中関係を見て、「恐らく日本人が一番住みにくいだろう」という理由から留学先に中国を選んだそうです。
山下氏が考える「アートの効能」は以下の2点です。
- 社会問題を浮き彫りにする
- 価値観を逆転させる
こういった効能を持っているアートを通して「見た人に問題提起をする」、「苦しいことでも笑えるきっかけを作る」、「嫌いだったものを好きにさせる」ことができるのではないかと考えていたそうです。
単身中国に渡った山下氏はところが、言語の壁に行き詰まりアートどころではない日々を過ごすことになったそうです。
「何者にもなれない自分」に苦しみ、何か月も引きこもった結果、コスプレなどノンバーバルな表現を試すようになりました。
具体的には、山下氏は一体のラブドールを購入し、その人形を彼女に見立てて共同生活を送る様子や、彼女と一緒にコスプレをする様子をインターネット上で発表するなど、言語を必要としないアート活動を開始しました。
▲コスプレで街中を移動する山下氏
▲ラブドールと一緒に「となりのトトロ」の登場人物に扮する山下氏
その後発表した、ラブドールとの一年の共同生活を描いた『日本屌丝(日本のヒキニート)』という動画作品が、彼の人気を不動のものとします。
※「屌丝」(ディアオスー)…仕事や学歴に恵まれず、将来に希望がない引きこもった若者を表すネットスラング。
一見すると奇妙で、理解が難しいような山下氏の活動ですが、上述のように中国の若者に広く受け入れられました。
なぜでしょうか? それは何と言ってもこういった彼の自虐的な作風が、中国人ネットユーザーの多くの共感を呼んだからです。
躊躇なく自撮り写真をSNSに公開する中国人の高い自己肯定感とは裏腹に、ネットユーザーの7割が自分のことを「屌丝」(オタクで引きこもり、自己開示や他者との交流が苦手)だと思っている、という調査結果があります。
実社会での学歴競争や世間体に疲れた若者が中国にもたくさんいます。山下氏はネット上で自身の「飾らない、ダメな部分」を惜しげもなく披露し、彼らから非常に高い共感を得ることができたのです。
山下氏の考える「苦しいことを笑いに」「価値観の逆転」といったクリエイティブコンテンツの効能は確かに存在し、一連の動画作品は800万回を優に超えて再生されました。ネットの世界では、それまでネガティブにとらえられていた「屌丝」が笑いに変わり、好意を持って受け入れられる価値観となりつつあります。
フリップドットの施策が中国人の「陽」の部分への自分事化を引き出しているとすれば、山下君の事例は「陰」の部分での自分事化であった、と言えるでしょう。ポジティブであれネガティブであれ、その中で語られる感情が「自分のことだ」と共感されることがあるということがわかりました。
中国では「出る杭」になって勝負すべき
山下氏の例では、彼の提示した価値観が受け入れられた先がインターネット動画サイトだったという点も象徴的です。
中国のインターネット普及率は50パーセント超、数にして約7億人もの人が携帯電話やパソコンなど何らかの形でウェブサイトにアクセスした経験があります。
インターネットユーザーの中心を占めるのは90后、00后と呼ばれる10代後半から30代の若者で、彼らは主にスマートフォンを利用してインターネットにアクセスしています。
山下氏がメインで番組を構えるサイトは「ビリビリ動画」です。ある調査によると「月間パケット通信量ランキング」の3位にランクインしています。月間パケット通信量の多さからは、同サイトのスマホアプリでの視聴の多さがうかがえます。スマホでのインターネット利用の多い大学生や若者を中心にヘビーユーザーが多くいることが予想できます。
そんな彼らから、山下氏の作品が多くの支持を集めることができた理由は以下のようにまとめられるでしょう。
- 「自虐的」な作風が「自分事化」を招いた
- そのコンテンツは「世間体にとらわれず、突き抜けて、自分の思いを表現した」ものだった
クリエイティブコンテンツでは、「共感」という目線に加えて、「自社らしさ/自分らしさ」を突き抜けた表現でコンテンツに込めることが、中国人に「刺さる」ためには肝要だと言えそうです。
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